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2010年5月17日 

2010/05/17
Mon. 22:42





誡さんカナヅチ疑惑については、『ふたごまみれ』ネタだったり。


実際、二位の尼が三種の神器をかついだまま入水したので、慌てた源氏勢は関門海峡を大捜索。
ヤサカニノマガタマ・ヤタノカガミは、浮力で浮かび上がってきたり何だりで見つける事が出来たけれど、
クサナギノツルギはついに見つける事が出来なかったと『吾妻鏡』には書いてあります。

まぁ、『吾妻鏡』の記録が絶対に正しいという確証もないので、神器についての諸説は様々あるのですけれど、これが昔から普及している説ではあります。


歴史を調べていると、”不思議な点”や”記録と矛盾する点”が何かしらあるものなので、その”穴”と創作をリンクさせるのはたまらなく浪漫ですねぇ……♪(´人`*)



個人的に、今”素敵なスポット”だと思っている矛盾点は、平 教経様の死亡の矛盾です!ヽ(´Д`)ノ

『吾妻鏡』によると、一ノ谷合戦で討ち取られたと書かれているのですが、一般に知られる”義経の八艘飛び”のシーンで義経様を追いかける強い武将とは、教経様の事。
このシーンによって、世間では「義経のライバル」イメージをもたれている美味しい人ですが、ここでアレっ?が生じるのですよ。
2009年4月29日の日記絵漫画にちょろっと描いたのも教経様ですねー。)


1184年3月 一ノ谷合戦   ←『吾妻鏡』では、ここで教経様は死んだ事になっている。
1185年3月 壇ノ浦合戦   ←この合戦で、教経様と義経が互角の戦いをしたと広く伝えられている。←え?教経様は一年前に亡くなったんじゃ……?


という矛盾とかですね。
こんなところから、

「亡き教経様に代わって、影武者的な存在が壇ノ浦合戦にいたんじゃないか!?」とか、
「それがりっつんとかだとqあwせdrftgyふじこlp;@:」とか、

そこからはもう妄想の世界ですwwwwww
好きにやらせてくれいwwwwwwwwww



まだ他にも、頼政様が挙兵を企てた理由が謎だとか、色々不思議な点はあるのですが、こういうところと妄想がガッチリくるともう快感です。
これだからヤメラレナイ。
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